イベリア半島一周旅行の思い出36(2023/10/14サラゴサ)
闘牛
長いことスペインに住んでいたが闘牛は見たことがなかった。
今回、この旅行を計画するにあたって、長期間いるんだからさすがに見る機会もあるだろうと思って調べてみた。
闘牛専用のサイトがあり、そこでチケットを購入できる。
Bullfight Tickets Spain 2025. Servitoro is the official bullfight ticketing Service
出国前に買っておいた。場所によって値段が違うのはスポーツやコンサートなどでチケット買うのと変わらない。とりあえず中段あたりにしておいた。
サラゴサ闘牛場
サラゴサ闘牛場は1764年に建てられたようだ
最近の動物愛護的な流れで闘牛を開催するところも以前より減っているようで、バルセロナではだいぶ前に廃止されて闘牛場は別の形で利用されている。
サラゴサ闘牛場


ゲートはいくつかあり、自分の席に近いゲートが書かれているのでそちらに向かう。
6番ゲート

入るとこんな感じ
入り口付近でこのような白い四角い板を配っている。1ユーロか2ユーロくらいだった気がする。
使い方がよくわからないので聞いてみたところ、基本尻に敷いて座るのだが、闘牛士の技が決まったときなどにはこれを振って盛り上げる応援グッズのようなものでもあるらしい。
席に敷いたところ

着席

国旗が飾られてあるあたりに楽団がいて、リハーサルをしている
全景
白い人は売り子。ビールではなくアーモンドを売っている。
ちなみに飲み物は最前列付近の出入り口付近で売っている。買いに行こうとも思ったが、席を離れるのはこわいのでやめた。
手すりの向こうで屈んでいる人がいるあたりで飲み物を売っている。
開演前30分くらい
奥で闘牛士たちが控えている
登場
整列して国歌演奏

整列し切る前に国歌演奏始まるし、演奏始まってから観客もぞろぞろ立ち始める。雑。
日本みたいに「ご起立ください」とか何もない。
ちなみに、スペイン国歌は歌詞がなく楽器のメロディだけ。MotoGPの表彰式でよく聞くので聞き慣れている。
国歌終わって場に出てた人たちが一通り捌けると、牛が投入される。
なかなか良い位置に席を取れたのではないだろうか。
助手の牛さばき
最初の方はマタドール(とどめ刺す人)は登場せず、助手が派手な色の布を持って出てくる。

足に追われると壁と設置された板の隙間に逃げ込む。牛は隙間に入れないので他の助手を追う。
こうして体力を奪っていく。
ピカドール(Picador)
しばらく牛を走らせた後、部分的に保護装備をつけた騎馬が出てくる。
バンデリジェーロが誘導して馬に牛を突撃させ、タイミングを見計らってピカドール(直訳すると突き刺す者)が槍を刺す。
槍の穂先自体は長くないのでこれが致命傷になることはない。
牛の突進に耐えられる馬もすごい。
バンデリジェーロ(Banderillero)
ピカドールが退場すると、黄色と赤のふさふさがついた2本の手銛を持ったバンデリジェーロという人が出てくる。

牛を避けながら銛を刺す、というのを3人くらい連続して行う。
ここまでくるとだいぶ牛も出血して弱ってきている。
マタドール(Matador)
直訳すると殺す者。
バンデリジェーロが退場してしばらくすると出てくる。
助手は控えているが基本的に一対一になる。
牛を躱し、反り腰でめちゃくちゃ胸を張って牛に背を向けて数歩歩くというのを何度か繰り返す。

その後とどめ刺すポーズ

とどめの一撃

しばらく牛は立っているが、力尽きて倒れる。拍手喝采。
人の影になっているが緑の人の手前に牛が倒れ込んでいる。

ここで死んでない場合は短剣で首を刺す。
下手なマタドールだと剣が曲がってしまい、うまく刺さないこともあるらしい。牛が倒れるまでやり直すようなので、それはかわいそうな気がする。
その後倒れた牛は馬に牽引されて退場。その後おいしく頂かれるという流れだ。
貴賓席
3時間で4回転くらいする。
牛によっては気性が荒過ぎるものもあり、入れ替えが行われる。
実際この時も登場してめちゃくちゃ暴れた後退場になった牛がいた。
席料金は場所によって異なるが、最前でもプロ野球の観戦チケットの内野席くらいの値段しかしなかったと思う。
所感
マタドールの所作は、なんというか歌舞伎っぽさがあるように思った。
残酷な見世物という批判があるのはわかるが、殺してそのままではなくこのあとちゃんと食べるのだから別によかろうと思っている。
伝統文化が伝統として残っていくのはなにかしらカッコ良さというか、美しさがあるが故だと思う。
時代の移り変わりとともに必要でなくなったというのなら、伝統文化の多くは消滅している。
残酷だから、可哀想だからという理由だけで伝統を消滅に追いやるのはあまりに安易で乱暴なやり方だと思う。
闘牛が終わったあとは歩いて宿まで戻った。暗かったが、それほど治安は悪くないので無事帰ることができた。

夜の大聖堂
このあとはリェイダに向かう。
イベリア半島一周旅行の思い出35(2023/10/14サラゴサ)
2023/10/13 サラゴサ
コミージャスから450kmほど、約4時間ぶっ続けで走り、サラゴサの外れにある宿に着いてチェックイン後ゴロゴロしてそのまま寝た。
宿はここ
Hotel Cogullada
https://maps.app.goo.gl/8MLSYxi9BekcnYN76?g_st=com.google.maps.preview.copy
中心部から外れた工業エリアにあるので値段はかなり安いが、駐車もしやすいし、中心部まで歩いていける。

茶色の外壁の建物が宿。周りは工場とか、車の整備場がある。
サラゴサは古くはカエサルアウグスタといい、初代ローマ皇帝アウグストゥスが開いた植民都市だ。
ここにももちろん遺跡がある。
10/14 祭日期間のサラゴサ
10月12日はスペイン全体で祝日なのだが、ピラールの聖母を祀る聖堂がサラゴサにあることからサラゴサではこの日は特別なお祭りみたいな感じで扱われているらしい。
今年は12日が木曜、祝日ではない金曜を挟んで土日があるので金曜を休みにしてしまう人も多く、サラゴサの街自体も土日は終日お祭りムードだった。
特に意図してこの日をサラゴサに当てたわけではなく、たまたま。
宿を出て中心部に向かって30分ほど歩いた。
Puente de Piedra(石橋)


古代ローマ時代に橋があったところに15世紀頃掛け直された橋。
この橋を渡る前にバルで朝食

バルはここ
Meson Zamorano 2
https://maps.app.goo.gl/MdMB6Ntq1o8tHU7G6?g_st=com.google.maps.preview.copy
地元民しか入らなそうだなと思って入ったのだが(その通りだったが)、店主が中国人でなんというか残念な気持ちになった。
跡継ぎがいなかったのか、中国人が買い取ったのか、背景は分からないがこんなところまで侵食してるのか…と思ってしまった。
クロワッサンもしなしなだった。
気を取り直して橋を渡った。
逆光

Basílica de Nuestra Señora del Pilar(ヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール聖堂)
直訳すると「我らが柱の聖母聖堂」
広場の噴水越しに

路地

Museo de Zaragoza(サラゴサ博物館)

何か古代の展示があるかなと思ってまずここを訪問。
タダで入れるが、セキュリティの都合で荷物はロッカーに全部預ける。
教会のアーチ
邸宅のアーチ
橋の修復記念碑文
イスラム統治時代の遺物




中世の本。さすがにアラビア語はわからない。
硬貨
ディナール金貨はカイロ発行で、ディルハム銀貨はサラクスタ(中世アラビア語?のサラゴサ)発行。
ここらへんからレコンキスタ以降の展示になる。
棺?
絨毯
教会の壁に埋め込まれてる宗教画

ここまでゴシック様式
ここからルネサンス期



展示が多すぎるので一部にとどめる。
アキテーヌ公ギレルモの改宗
マラサーニャとその娘

フランスからサラゴサを防衛する一幕
なぜか着物の特設展があった

博物館スタッフに話しかけられて日本人かと聞かれた。
けっこう着物の人気は高いみたいだ。色合いが良いと言っていた。
ちなみに古代の展示がある(らしい)エリアは改装中のようで入れなかった。
博物館を出て別の博物館へ。
道中あった移動式メリーゴーランド

Museo del Teatro de Caesaraugusta(カエサルアウグスタ劇場博物館)
https://maps.app.goo.gl/QncKATBUTTiv84bA9?g_st=com.google.maps.preview.copy
サラゴサはカエサルアウグスタの遺跡の上に現在の街が建っているので、簡単に発掘はできない。古代ローマの都市として発展した歴史がある街はどこもそうなのだろうが。
この博物館も円形劇場の上に建っている。
入口入ってすぐの展示

出土品
劇場に使われていた柱の飾りか何か。



劇場で使われていた道具?も再現されている
円形劇場の模型
ガラス張りの壁の外は発掘された劇場になっている。

この橋から劇場客席の通路も見に行ける
舞台の跡

客席
舞台へ繋がる通路
客席裏の通路
出土品

メリダやカルタヘナの円形劇場と比べると保存状態は良くないが、構造はよく分かる。
遺跡の上にそのまま街が建てられて発展し続けてきたのだから保存状態が良くないのは当然、仕方のないことだ。
館内では当時上演されていた劇や俳優についての解説、ローマ時代のイベリア半島の都市、エブロ川流域における都市の解説もあった。
カエサルアウグスタ劇場はイベリア半島で3番目に大きいらしい。最大級の劇場はCORDUBA(現コルドバ)とGADES(現カディス)にあったようだ。

エブロ川流域にはCAESAR AUGUSTA(現サラゴサ)、TARRACO(現タラゴナ)、BAETULO(現バルセロナ北東部)、OSCA(現ウエスカ)、BILBILIS(現カラタユド郊外)に劇場がある。
また次の博物館へ。
Museo de las Termas Públicas de Caesaraugusta(カエサルアウグスタ公衆浴場博物館)
今度はこぢんまりとした感じの博物館。
博物館というには展示は少なく、
公衆浴場と
公衆便所

がメインになっている。他にも細々した出土品がある。青銅製の垢すり器具が出土品として展示されているのも公衆浴場ならではかもしれない。

こちらも遺跡の保存状態は良いとは言えず、本来の石材の上にカバーがかけてあったり、樹脂かなにかで補完された状態で展示されている。
次の博物館へ。
Museo del Foro de Caesaraugusta(カエサルアウグスタフォーラム博物館)
公衆浴場博物館から大聖堂方面へ戻る。
Catedral del Salvador - La Seo(サルバドル大聖堂)
https://maps.app.goo.gl/CLsdE6G8mBmiAcGJ9?g_st=com.google.maps.preview.copy


この教会の手前にある噴水の階段を上ったところがフォロ博物館の入口になっている。
ちなみにチケットのことを書き忘れていたが、劇場、浴場とフォロの3つセットで入れるお得なチケットがあるのでそれを劇場博物館のチケット売場で買っていた。
フォロ(発掘済み)の復元模型

カエサルアウグスタの再現映像。
植民都市らしく四角形の街
食器やランプ瓶などの出土品の展示

下水道の遺構
下水道を進むとフォロの遺構に辿り着く


ローマ時代の市民と政府の解説
ローマはアウグストゥス以降帝政だったが、地方自治も活発だった。
カエサルアウグスタの例:セナートゥス(元老院議員)、ポンティフクス(神官)、ドゥウムヴィリ(二人官(司法、戸口検査の役人))、エディリス(按察官)、様々な行政官、ローマ市民、解放奴隷、奴隷
ここではフォロの土台の遺構と、出土品の数々が見られる。
出土品の展示の近くで30分くらいおきにカエサルアウグスタ発展の映像が上映される。
街歩き
博物館を出て、食事処を探しがてら街を歩いてみる。

大聖堂。祭日のせいか人がとても多い。
たくさんの花で飾られた祭壇のような何か。
聖堂に続くアルフォンソ1世通り
ここもたくさんの人。お祭りムードで子供向けの風船なんかも売られていた。
ディズニーランドの入り口付近の通路を小汚く治安悪くしたような感じだ。タバコの吸い殻やゴミ、黒人の路上販売をなくせば部分的にディズニーランドだ。
という感じでどこも人で溢れかえっていた。
移動式の遊園地もあちこちに見られる。
メリーゴーランドの奥はローマ時代の城壁
城壁跡の近くにアウグストゥス像が置かれている。
https://maps.app.goo.gl/Y3o3cv6u6SjAuVtLA?g_st=com.google.maps.preview.copy

Mercado Central de Zaragoza(サラゴサ中央市場)
https://maps.app.goo.gl/beCY1uRex4xDxKJ96?g_st=com.google.maps.preview.copy
けっこう大きめの市場だ。中には入っていない。
昼食
市場の近くのバルでお昼にした。
El Chipirón
https://maps.app.goo.gl/9B6ekW9iNTdL4W1G6?g_st=com.google.maps.preview.copy
パンとトレスノス(豚肉カリカリ揚げ)とコーラ

けっこうお腹いっぱいになった。
食後もまだまだ歩く。
Palacio de la Aljafería(アルハフェリア宮殿)
バルを出て南に進み通りに出る。
Puerta del Carmen(カルメン門)

昔からある門らしいが、いつの時代のものかはわからない。
そこから西に進むとアルハフェリア宮殿に着く。
https://maps.app.goo.gl/QTqTcJfFdfYwstyM9?g_st=com.google.maps.preview.copy

宮殿というより要塞
11世紀頃の建造らしい。
現在はアラゴン州議会の建物として使われているらしい。
次行くところがあるので中には入らなかったが、外観だけでも十分楽しめる。

周囲は公園として自由に出入りできる。
宮殿を囲む道沿いのベンチでしばらく休憩した。
続きは次の記事に
イベリア半島一周旅行の思い出34(2023/10/13 コミージャス)
2023/10/13 旅程変更
ヒホン滞在中に、次に向かう予定だったパンプローナの宿から一方的にキャンセル通知が来た。
なぜこうなったのかは分からないが、仕方ないのでその次の目的地のサラゴサに1日早く入ることにした。
サラゴサの宿に1日早める連絡と部屋の確保をお願いしたらすぐ返事が来てOKとのこと。
ということで、この日はヒホンからサラゴサまで570kmほど、約6時間走る。
ただ移動だけは勿体無いので、友人のお姉さまから勧められたコミージャスに寄り道することにした。
ヒホンからコミージャスまでは130km程度。1時間半ほどかかる。
道中San Vicente de la Barqueraという町を通った。森林と湿地の風景が続く。
Puente de la Maza(マサ橋)
https://maps.app.goo.gl/H93SD1ucfU9GVinC6?g_st=com.google.maps.preview.copy

けっこう雲が厚い。
Comillas
コミージャスに着いた。
例によって街中の狭い道を駐車場目指して進む。
駐車場はここ
https://maps.app.goo.gl/9th5RyBN6rNacwyg6?g_st=com.google.maps.preview.copy
場所は分かりづらいのだが、許容台数が多いので助かる。
街の様子

Fuente Tres Caños
https://maps.app.goo.gl/4Nz4g5e825EFrmbS8?g_st=com.google.maps.preview.copy
3つ噴出口がある噴水なのかな
路地
Parroquia de San Cristóbal de Comillas(サンクリストバル教会)


広場ではバザーをやっていた
建物の隙間から立派な建物が見える。
Iglesia del Seminario Mayor de Comillasという教会。
もとは神学校だったらしい。少し距離があるので今回は寄らなかった。
建物も古い感じで良い
Ruinas de la iglesia antigua gótica de Comillas s. XVI
https://maps.app.goo.gl/j49YT1mb3vGtM43X6?g_st=com.google.maps.preview.copy
丘の上に16世紀の教会の廃墟があり、現在は墓地になっているらしい。
海岸

Puerta de los Pájaros (o de Moro)
鳥の門。ガウディ作らしく、曲線が面白い。
どこに鳥要素があるのかは分からない。
昼食
まだ11時半なのでお昼の時間には(スペイン的には)早すぎるが、お腹も空いていたのでたまたま開いていたレストランに入ることにした。
お店はここ
Restaurante La Cuestuca
https://maps.app.goo.gl/Ad7k2AqKwhXPDgr58?g_st=com.google.maps.preview.copy
午前中はカフェとしてやっているので開いていたようだ。
ご飯食べたいと店員に言ったが、早すぎるのでコーヒーでも飲んでて待っててくれと言われた。
その日はチェンソーマンのポチタの絵の入ったTシャツを着ていたのだが、若い店員の兄ちゃんからチェンソーマン知ってるよ!と話しかけられた。
こんなスペインの田舎町でもチェンソーマン知っている人がいるのかと驚いた。
お昼の営業も開始されたので注文した。この地方独特の料理も多くメニューに書かれていたが、何が何やら全くわからなかったので適当に頼んでみた。
Cocido montañés(コシードモンターニェス)
意訳すると「山の幸煮込み」だろうか

こんな感じで、豆やらチョリソが入った煮込み料理になっている。モツっぽい肉も入っていた。
チョリソなどの塩気と豆のうまみが出ていておいしかった。パンをつけて食べるとなお良しである。
昼はこれだけだが、これでも十分お腹が膨れる。
完飲して街中に戻る。
店内
El Capricho de Gaudí
ガウディ初期の建築の一つなのだが、こんなところにもあるとはこれまで全く知らなかった。
町に着いたときに最初にここに来たが、入場は時間指定だったのでチケットを買って、その後散策して時間を潰していたというわけだ。
チケットを見せて中に入る。

真ん中はガウディで両隣に穴が空いている。
ここは裏門。表門は反対側。

庭に紫陽花

玄関と塔

正面から
庭の端に横穴がある
何のためのものかは分からないが、1人になりたいときはちょうどいいかもしれない。
横穴のある斜面の上から
塔の拡大写真
向日葵と緑のタイルで表面が覆われている
ガウディ

庭の階段



建物に温室がついている
中はこんな感じ
建物に入る
天井も細工が美しい
光量十分の窓
ステンドグラス
バルコニー
外壁

暖炉

食堂

机かな
屋根裏
螺旋階段
家具





初期とはいえガウディらしさが現れている家だった。
光をたくさん取り込めるような設計で、冬でも暖かそうだ。
サラゴサへ
カプリチョを見ている間に雨が降ってきた。
スペイン北部は雨が多いから仕方ないが、この旅行中初めてまともに降られた。
ここからサラゴサに行く。
A-8

Viad. de Colindres
https://maps.app.goo.gl/Qgijm1KRFCuUvipg7?g_st=com.google.maps.preview.copy
流れているのはトレト川
石灰岩の山々
今回は通過するだけだったがバスク地方はいずれちゃんと訪れたい。
A-8からAP-68に入るとごつごつした地形になる

台地(メセタ)の狭間


こういうところを走るのは楽しい。
さらに走り続けると街が見えてきた。
右の方には風車群がある
サラゴサへ
イベリア半島一周旅行の思い出33(2023/10/12 続ヒホン)
2023/10/12 Laboral Ciudad de la Cultura
ヒホンに戻ってきて、友人のお母様の家で一旦休憩した後、お姉様にヒホンの他の見どころにも連れて行ってもらうことになった。
まずはLaboral Ciudad de la Culturaという現在はイベント施設として使われているところ。
入口

中庭というか広場

音楽堂や劇場もある

鐘楼
この施設は、スペイン内戦後のフランコ将軍支配時代に建てられて、当時は戦災孤児向けの教育機関兼修道院として使われていたらしい。
スペインではフランコ支配時代をあまり良いものとして捉えておらず(むしろファシズム的な悪しき時代とみている)、建物自体も忌避されていたようだが、スペインの中でも最大の建造物ということで最近は有効活用されはじめているらしい。
Mirador de La Providencia
展望台に移動する。
これで18時半頃。
断崖が続いている。
夕陽
北側の眺め。カンタブリア海
東側
友人のお母様の家で夕飯を頂いた
ヒホン猫
ヒホンはここまで。
イベリア半島一周旅行の思い出32(2023/10/12 タソネス)
2023/10/12 タソネス
待ち合わせ場所まで歩いて行き、そこから車で30分ほどのところにある小さい漁村、Tazonesでお昼にする。
友人のお姉様がお店を予約してくれていたようだ。
アストゥリアスののどかな風景が続いていたが、写真を撮るのを忘れていた。帰り道では撮れたが。
タソネスの村

タソネスは漁村ということで魚介類が美味しいことで有名だったが、レストランをやる方が儲かるらしく、街の建物のほとんどがレストランになっていて漁師はもう街にいないという。
それってどうなのと思ってしまった。
日本では魚介類がおいしいからといって漁村の全てを料理店にしたなんていうのは聞いたことがない。
昼食
何はともあれ食事だ。
こちらのレストランに入った。
El Puertu
https://maps.app.goo.gl/EjbiAcEc6UCnf8qv9?g_st=com.google.maps.preview.copy
店内に入ると生簀があって、エビやカニが入れられている。
オマール海老。スペイン語ではボガバンテという。
種類はわからないがカニもいる
Sidra(りんご酒)
シードルというとフランスのイメージがあるかもしれないが、アストゥリアスではワインと同じくらい古くからシドラが作られており、そこからフランスなどに広まった。
ちなみに、スペイン南部では街路樹にオレンジの木が植えられているし、郊外を走っていてよく目にするのはブドウとオリーブの畑だが、アストゥリアスでは林檎畑が山の斜面に広がっている。
注ぎ方も特徴的で、右手にボトル、左手に大きめのグラスを持ち、グラスを見ず、右手を高く掲げて高いところから下げた左手のグラスの淵めがけて注ぐ。これをESCANCIAという。
淵に当たるので半分くらい溢れるが、そういうものらしい。
お店によっては酒飛沫を防ぐ専用の台があったり、エスカンシア専用の場所があるお店もあるらしい。
エスカンシアで酒が空気に触れ、臭みが消え香りが立ち美味しく飲めるという。溢れた一帯は時間が経つと悪臭がするようになるらしいので毎日水拭きしないといけなさそうだ。
ちなみにプロのシードル注ぎ職人をエスカンシアドールという。りんご酒文化圏にしか存在しない専門職だ。
参考まで、シドラについてかなり詳しいサイトがあったので貼っておく。
さて食事に戻ろう。
前菜
Pastel de Cabracho(カサゴペーストクラッカー)
直訳するとカサゴケーキなのだが、ケーキではなくすり身に色々混ぜたペースト状のものをクラッカーに塗って、マヨネーズなどと合わせて食べる。
写真ではお皿の左側にある塊が本体。
おいしい。食感はふわふわで、たしかにホイップクリームのような感じはする。味も、魚の身以外に野菜などが入っていて複雑な味わい。
Navajas a la plancha(マテ貝鉄板焼き)
日本ではあまり見ないマテ貝だが、アストゥリアス地方では一般的な食材。
おいしい。この量だけど一瞬でなくなる。
Arroz con Bogavante(ボガバンテ炊き込みご飯)

見た目の豪快な感じがいかにもスペイン的でとても良い。
エビの旨みもあり、レモンの酸味もありこれもあっという間になくなる。
ちなみに、食べる時に殻を取り除くため手が汚れるので、予めお手拭きをもらえる。
昼食はこれでおわり。ポストレはなし。
シドラの便
店内
海岸
かなり透明度は高そう。
村の風景
Casa de las Conchas(貝の家)
ほぼレストランだけのタソネスにはこんな感じの名所もある。
家主が貝殻などを貼り付けてできた家だそうで、ここだけ異彩を放っている
外観

エビも飾られている

貝の家の隣にある高床式の建物は昔ながらの家屋だそうだ。
レストランが集まる通り



村の教会
丘から

帰り道
タソネスからヒホンに帰る道の様子。
のどかというか、日本で言うとなんとなく北陸あたりの風景に似てるという印象。

タソネスはここまで。
イベリア半島一周旅行の思い出31(2023/10/12 ヒホン)
2023/10/12 ヒホン
アストゥリアスはスペインの中でも涼しい地方で、数日前セビージャで40℃近い中歩いていたのが信じられないほど。

冬には雪も降る。
ちなみにバルセロナに住んでいた頃に一度だけ降雪があったが、その降雪が実は数十年ぶりだったらしいことは覚えている。
朝食はホテルのレストランでビュッフェ

パンコントマテとトルティージャ、生ハム、チーズ。
ヒホン散策
この日は午後にヒホン近郊の港町で食事に連れて行ってもらえるとのことで、午前中はヒホンを散策する。
Mercado del sur(スール市場)

surというから北にも市場があるのかと思ったが、地図を見たところ市場があるのはここだけのようだ。
通り
Basílica Santuario del Sagrado Corazón de Jesús(イエスの聖なる魂の大聖堂)
海岸に出た。奥に見えるのは半島になっているCIMADEVILLA地区
広い
朝から海水浴
CIMADEVILLAの方に行ってみると、アウグストゥス像があった
なんでこんな辺境に…と思ったが、近くの解説ボードを見るとアウグストゥスがヒホンに至る街道の整備を進めたと書いてある。

セビージャから北へ向かう道をプラタ回廊といい、イスラム支配時代のアラビア語で舗装路を意味するパラタに由来するが、この道の建設は紀元1世紀に始まったらしい。
(以下解説文意訳)
建設は執政官クイントゥス・セルウィリウス・カエピオによって開始されたが、実質的には初代皇帝アウグストゥスが推進していた。
プブリウス・カリシオの指揮の下、(ローマ軍は)山地のアストゥル人を征服し、最終的にヒスパニアを平定するために回廊を使って半島の北に回った。
カエサルの時代にはヒスパニアはほとんど平定されていたが、最後に残されていたのがバスクからアストゥリアスにかけてのイベリア半島北部で、この平定のために作られた回廊だったということだ。
ローマ浴場博物館
アウグストゥス像の近くに博物館があったので入ってみた。
遺跡の模型

こんな最果てにローマ遺跡があるとは思っていなかったので思わぬ収穫だ。しかも無料。
ローマ浴場についての解説。かなり詳しい。
城壁跡。
2世紀末〜4世紀頃と書かれている。
壁の塗装が残っている
浴場の壁跡
温浴の下部構造
材質の説明もあった。
浴場は粘土質の基礎の上に砂岩と石灰岩で建てられている。温浴室はレンガとセメントで作られているとのこと。

模様付きのレンガ
出土した建材
食器や石臼も出土している


墓?も発掘されている
再現模型

温浴室下の熱機構

見えづらいが壁に色が残っている


レンガ造り(であった)の温浴室の遺構


色の残った壁






浴場の衰退についての解説
4世紀末以降も、浴場としては放棄されたが、居住地としては使われていたようだ。建物の南側はゴミ捨て場になっていたらしい。
ローマ帝国東西分裂の頃はまだ帝国としての機能は残っていたと思うが、こういう地方の都市では衰退が進行していたのがわかる。
すぐ横に海がある眺めの良い無料の銭湯、ローマが栄えていた時代はどんな姿だっただろうね。
ローマ浴場博物館はここまで。
Cimadevilla地区
この地区は半島の付け根の部分に城壁があるが、ほとんど残っていない。
とりあえず半島の先まで行ってみることにした。
Parroquia San Pedro

浴場のすぐ東北側にある教会。何かのイベントがあるらしく、リハーサルを行っていた。
半島の東側(教会の北側)の海
雨水を集めて取水する井戸。20世紀初頭頃の建設らしい。
ボートが集まっている
よくみるとヘリがホバリングしているので、誰か溺れたりでもしたのだろうか
半島は丘になっていて(サンタカタリナ丘という)、丘の頂上には砲台跡が残っている。
1904年頃から着工したと解説パネルに書かれていた。日本では日露戦争の頃だが、スペインでは米西戦争直後、スペインモロッコ戦争前の時期にあたる。
実際はあまり使われなかったらしい。
眺めはとても良い
砲台のすぐ側にこんなオブジェがあった。

エドゥアルド・チリーダというバスク出身芸術家の「Elogio del Horizonte(水平線礼賛)」という作品。
綺麗な風景だから礼賛というのはわかるがなぜこんな形なのか。
後から友人のお姉様に聞いたところでは、オブジェの中心に立つと海の音が響いて聞こえるらしい。
この後、お昼を食べに移動する。
イベリア半島一周旅行の思い出30(2023/10/11 ヒホン)
2023/10/11 ヒホンへ
コルーニャからAP-9,A-6を通り、あとはビスケー湾沿いのA-8を通ってヒホンまで行く。
コルーニャはガリシア地方に属するが、ヒホンはアストゥリアス地方に属する。アストゥリアスの州都はオビエドで、ヒホンはそこから北東に行った海岸の街だ。調べたところ州都よりも人口が多いらしい。
コルーニャを出るとき、友人のお母様に連絡して到着は夕方になると伝えた。
道中の写真はない。
5時間ほど走り、ヒホンに無事到着した。
宿はここ
AC Hotel Gijón
https://maps.app.goo.gl/GiTXS1xWxGXFdCp57?g_st=com.google.maps.preview.copy
チェックインを済ませ、待ち合わせの時間まで服を洗濯することにした。
部屋にアリが出ていたので、捕まえてトイレに流した。地上に近いフロアではアリが侵入しやすい。
昔住んでいた家でもよく出ていたので、アリの行列にシャボンを吹きかけて遊んでいたのを思い出した。
夕食
レストランまでホテルから徒歩で向かった。さすがに20時半では外も薄暗くなってくる。ただ、かなり治安の良い街のようで、怪しい人はいない。
むしろ怪しいのは夜道を1人で歩いているアジア人の私の方かもしれない。
レストランはここ
Restaurante Cabañaquinta
https://maps.app.goo.gl/2uSmb7ujDk2Jrsta9?g_st=com.google.maps.preview.copy
内装

Zamburiñas(赤皿貝、ホタテの仲間)
オーブンで素焼きした貝にレモンをかけて食べる。シンプルだけどおいしい。ホタテほどの弾力はない感じ。
Chuletón De Vacuno Mayor(デカい牛ステーキ)
お母様のご友人が注文していたが大きすぎたので私が7割くらいもらうことになった。
Pulpo a la gallega(ガリシア風タコ)
サンティアゴでショーウィンドウ越しに見た茹蛸は最終的にこうなる。
茹蛸をぶつ切りにして、ふかしたジャガイモと合わせて塩、オリーブオイル、パプリカをかけるだけ。
やわらかくて美味しい。飲むように食べられる。
日替わり魚料理(この日はアンコウ)
1尾まるまるアラプランチャにして出してくれた。身が柔らかくて塩加減も良く美味しかった。
スペインはどの地方もおいしい料理があるけど、魚介類の料理ではこの地方が一番美味しいかもしれない。
アストゥリアス地方ではsidra(シードル、リンゴ酒)も有名で、このお店でも出されていた。
この日は長時間運転して疲れすぎていたので飲んではいない。
食事を終えて解散して宿に戻った。
疲れもあってぐっすり眠れた。



